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今を生きる、言葉を贈ろう

一日一日、日々を送る中で大切にしたいもの。そんなことを思いながら目にした言葉を集めています。

 

 

 

 

【松下幸之助の言葉】 人間は、どんなときでも、けっして悲観してはいけません・・・

人間は、どんなときでも、けっして悲観してはいけません。 悲観してしまうと、智恵もかれてしまう。 公正な判断が出来なくなり、なすべきことがわからなくなってしまいます。 どんな困難に出会っても悲観はさておき、どこにその原因があるか、冷静に見ること…

【スティーブン・R・コヴィーの言葉】 人間の本来の姿は主体的なものである・・・

人間の本来の姿は主体的なものである。 だから、意識的な選択にせよ、無意識的な選択にせよ、もし自分の人生が今までの条件付けや周りの状況にコントロールされているとすれば、それは、そうしたものに主導権を譲った結果に他ならない。 スティーブン・R・コ…

【松下幸之助の言葉】 結婚のことにせよ、仕事のことにせよ、同じことです・・・

結婚のことにせよ、仕事のことにせよ、同じことです。 けっしてあわてることはない。 おそろしいのは日々なすべきことをおろそかにすることです。 ぴしっとやるべきことをやっていけば、ときとともに道はひらけてくるはずです。 わたしは、人間はすべて、そ…

【松下幸之助の言葉】 長い人生においては、もちろん将来に対する綿密な計画を立てて進んでいくことも・・・

長い人生においては、もちろん将来に対する綿密な計画を立てて進んでいくことも、たいへん結構なことです。 ただ、人生は、幸か不幸か、なかなか計画通りにいかないことが多い。 それよりもむしろ、日々の生活に全身全霊を打ちこんで、充実した毎日を送るこ…

【本田宗一郎の言葉】 ありのままの子どものを理解しようと努力もせず・・・

ありのままの子どもを理解しようと努力もせずに、親の常識の枠内で教育しようとかかるから、いやらしいオトナびた子どもや、老人みたいな青年が生まれるのだ。 これほど子どもにとって不幸な、迷惑なことはあるまい。 本田宗一郎 本田宗一郎1906年(明治39年)…

【本田宗一郎の言葉】 幼い子供には、見栄もなければ外聞もない・・・

幼い子どもには、見栄もなければ外聞もない。 ズバリ真っ裸の自由と爽快さを喜ぶものだ。 本田宗一郎 本田宗一郎1906年(明治39年)静岡県生まれ。22歳で独立。浜松で自動車修理工として成功するが飽き足らず、エンジンやピストンリングの研究を始める。戦後、…

【松下幸之助の言葉】 人間としていちばん尊いのは・・・

人間としていちばん尊いのは、最善をつくしてみずからも生き、他をも生かすことです。 松下幸之助 松下幸之助1894年(明治27年)生まれ。9歳の時に大阪に奉公に出て苦闘する。1918年松下電器製作所を創設する。数々の特許・実用新案を開発するなど事業を拡大し…

【本田宗一郎の言葉】 私は深刻に、これではいけないと思う・・・

私は深刻に、これではいけないと思う。 オトナ達が本気で未知の魅力にとりつかれ、勇敢にそれを追求しなければ、家庭生活は暗くなり、社会に活力が消え、自然と国家も斜陽のコースをたどることになる。 なぜかといえば、消極的なオトナに囲まれていては、満…

【本田宗一郎の言葉】 あまり美人じゃなくとも、姿のよい女の方がいる・・・

あまり美人じゃなくとも、姿のよい女の方がいる。自分は顔よりも姿に深い関心を持っている。 顔の造作は生まれつきだが、姿を生かす殺すは頭の働きによって定められる。まことに姿は心の鏡だと思う。 本田宗一郎 本田宗一郎1906年(明治39年)静岡県生まれ。22…

【本田宗一郎の言葉】 イキ抜きにゴルフでもしたらとすすめてくれる人がいるが・・・

イキ抜きにゴルフでもしたらとすすめてくれる人がいるが、私にとって機械いじり仕事がそのままレジャーなのだ。 本田宗一郎 本田宗一郎1906年(明治39年)静岡県生まれ。22歳で独立。浜松で自動車修理工として成功するが飽き足らず、エンジンやピストンリング…

【松下幸之助の言葉】 いのちをかける思いがあるならば、ものに取り組む態度というものがおのずと真剣になる・・・

いのちをかける思いがあるならば、ものに取り組む態度というものがおのずと真剣になる。したがって、ものの考え方が一新し、創意くふうということも、つぎつぎに生まれてきます。あなたのいのいちが、生きて働くからです。 そうすると、そこからわたしたち人…

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